あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2006年12月

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

うっかりしていると振り落とされそうな経済効率一辺倒の世の中のようですが、人間くさく生きていくというのがそろそろ流行になりそうな予感。だって、いつだって、人間は人間なんですから。ネ

[追記]酔っぱらって念願のWiiで遊びほうけた年越し。どうやら今年も自分に甘く、その後追い込まれそうな予感。新年起き抜けに何よりもまずPCの電源を入れ、仕事の続きと思いつつ、ああ駅伝が…。

ついにWiiをゲット!寂れた大手スーパーのおもちゃ屋なら、割当量は多く、買いに行く人は少ないと踏んで、数回巡回の末、手に入れました。イェーイ!

実はこの暮れの忙しい中、手に入っても困るし、でもみんなと遊びたいから欲しいし、結局どちらでも良いと無欲?に傾いたことの勝利だったのだが…

鼻歌を歌いながら帰ってきて、赤ん坊と娘がなだれ込む前に仕事を片づけようとPCに向かっていたのだが、夕方6時か7時、多分、食事を済ましてくると想定していたのが、予想外に早く成田から電話が入り、あわてふためいて片づける羽目に。なんせ、喘息持ちなので、埃は敵。埃があると騒ぎ立てるので一応掃除機をかけないと大変なのだ。

目の前にWii一式があるのに、いつまでも箱に入ったまま。大荷物と共に到着した娘と、赤ん坊、ついてきた婿、誰も一緒に遊ぼうと言ってくれないので、接続して遊んで見せようと、Meなるものを作り始めたら、私のご飯はだと。

Meの輪郭と目をとりあえず決めただけで、あえなく撤退。これがMe?あーあ。

WiiよりもMeよりも娘と赤ん坊が強いことが判明。ついでにどんなに違うと言い張ろうと、みんなは私を洗濯女兼、掃除婦兼、飯炊き婆さん兼買い物ロボット兼財布と認識していることがよ〜く分かった。こんなのMeじゃないわい。

Wiiが欲しくて気が狂った男」をYouTubeで見て、大笑いし、それからさめざめと同情の涙に暮れた。私も欲しいよー。

Wii

Amazonで予約しようと思い立ったときには予約受付はすでに終わっていて、お知らせメールを頼んだら、しばらくして下のような悲しいメールが届いた。

任天堂『Wii』のお知らせEメールについてご連絡いたします。

この商品は、大変人気を集めています。追加入庫数などが決まり次第、
受注を再開しますが、瞬時に販売終了になってしまう可能性が高い商品で
ございます。

この商品は定期的に入荷予定ですので、在庫状況はサイト上で随時ご確認くださいます
ようお願いいたします。

毎日在庫状況をサイト上で確認しているがな。なんの変わりもなく、いつまでたっても入荷しない。

もちろん、近所のスーパーを当たってみたが、どこも予約を受け付けていない。クリスマス前に22台入荷したので購入のための抽選会とやらがあるというので、出かけていったが、8倍強のクジに外れてしまった。くじ運は悪いのだ。男運もだけど。

任天堂のホームページに通信販売とあるのを見つけ、電話してみたが、周辺機器やソフトのみ。ふん。お客様相談口に電話をしてみたけど、随時出荷中とのみ、どこに大量に出ているのか教えてくれなかった。

I want Wii〜

[追記:任天堂さまさま。株主優待としてWiiの先買券をつけてくださいませ。(翻訳:おんどりゃ、さっさとださんかあ。ホホホホ失礼)]

デンマーク人でスイスに住んでいる友人からクリスマスのメッセージが届いた。

クリスマスの話にはそぐわないのだが、彼女はどうしても言わずにいられなかったのだろう。地球温暖化ということでよく聞く話だが、ご紹介したい。

スイスの山はまだほとんど雪をかぶっておらず、冬を待ちわび、観光産業がどうなるか心配している。

スイスでも、デンマークでも例年になく気温が高く、氷河が溶けつつあり、みんな地球が狂っていると話している有様だ。

地球温暖化は、地球の自然な変動の一環に過ぎないという説もあるようだが、経済活動のせいであれ、地球の単なる周期的な変動の結果であるにせよ、事態が速やかに収束すると断定できない限り、最悪を考えて備えておく、予防策を講じるしかないだろう。

大人である私たちは何をしなくてはならないのだろうか。何ができるだろうか。何をしてはならないのだろうか。

今の大人達は全員が多少の差があっても遠からずこの世からいなくなるが、子供達、その子供達と、未来へ向けて、この先、生が続いていく。目先ではなく、遠い未来のことを考えて、どうすればいいのか、どこで指針が得られるのだろうか。

b6239a2e.jpg

先週末にフルーツケーキを焼いた。数年ぶりだったので型が見つからなかったり、途中で足りないものが続出、ミンスミート自体は11月初めから漬けていたのだが、最後に来て大騒動だった。

しかも娘がここにきてシナモンで喘息発作を起こすようになっていたので、シナモン抜きとなり、しかもしかも、オーブンの温度が十分上がらず、焼きすぎでぱさつくという、情けない出来となってしまった。

しかし、しかし、秘蔵のレミーマルタンを大量に使用していたので、とにかく少しずつでも、気持ちとして送ろうと、12月21日に郵便局から3人の友人に発送した。グルメの上に口の悪いM子からまずいというクレームが来るかなと思っていたが何も言ってこない。

他の2人からも受け取ったという返事がない。クリスマスに食べてから受け取ったという返事が来るのかなと思っていたら、なんと、土曜日になって小包が送られてきた。ワタシ宛に!

なんと、なんと、小包には手書きで宛先を記入し、ちゃんと様もつけましたよ。その裏側にユニセフに少額の寄付をしているので、そのお礼として毎年送ってくる住所氏名のシールを貼ったのだが(もちろんこちらは様抜き)、そのシールの宛先であるワタシの元に戻ってきたのだ。

クリスマスに間に合わない。後の2つもきっと月曜日に戻ってくるのだろう。

やい、郵便局、どうしてくれる。しっかりしろ〜!

私、いったい何やっているんだろう。BSのフォーク&ロック大全集なる番組を聞きながら、ダンシングオールナイトなどと歌いながら、準備書面など訴訟の資料を訳しているなんて。

私の本質を忘れていた。歌っていて突然思い出した。そうだ、私は、歌ったり、踊ったり、楽しいことが好きなんだ。根っからの遊び人なのに、ずっと遊んでな〜い!!

人生楽しいことが沢山ある。面白いことも沢山ある。それこそ子供達に伝えることじゃないのかな?大人がしかめっ面で、毎日、怒っていたり、ため息ばかりついていたら、生きるってどんなことって聞かれたとき、楽しいことって答えられないじゃない。

仕事ばかりやっている時じゃない。遊びに行くゾー。

佐賀県陶磁器間があいて間抜けなのだが、やはり書いておかなくては。ということでこの間の旅行の続き。

有田でまず向かうのが佐賀県立九州陶磁文化館。というのも柴田夫妻コレクションがあるから。10年ほど前だろうか、有田で期待もしないで立ち寄った文化館の地下にずらりと並べられた膨大な染め付けのコレクションに圧倒されたことがあって、もう一度見たいと思っていたのだ。こんな無料の地方の文化館に無防備にこんなにも素晴らしいコレクションがあるなど、誰が想像するだろうか。

柴田氏は亡くなられて残りすべても文化館に寄贈されたとかで、さらにコレクションが充実。染め付けだけではなく、多数の色絵も展示されていた。このような素晴らしい人が日本にいるんですねえ。ありがたや。

今右衛門鍋島の大きな展覧会が11月半ばで終わったところというので、私と娘だけ。誰もいない。実に贅沢な時間を過ごした。伊万里で多数の鍋島に出会えたが、有田では文化館で美しい色鍋島数点をみただけ。今右衛門美術館では前日に鍋島展が終了してしまっており、おまけに臨時休館していた。予定では、最初に有田に行くはずだったのだが…

文化館から柿右衛門窯まで歩いた。地図では近そうだったのだが、なんのなんの。丘を下り、登り、下り、もう駄目という頃にたどり着いた柿右衛門入り口という信号からさらに600M。しかし、そうしてたどり着いたのが良かったかも。

柿右衛門邸何という美意識。美しさ。隅々まで張りつめた美。それしかない。やっぱり柿右衛門は別物だ。値段も別物だけど、悔しいが納得。

有田から再びハウステンボスの柿右衛門ギャラリーに戻って、諦めきれず眺めていると、娘がクリスマス兼誕生日プレゼントとしてぐい飲みを買ってくれた。イエーイ。

有田写真は伊万里で購入したコーヒー茶碗と紅茶茶碗、それに有田で購入した作家物2点。柿右衛門を見た後では普通の有田はとても買う気になれなかった。

ハウステンボスから長崎空港までは高速船を使用した。日脚が短かったのが残念だが、夏なら、きっと美しい夕焼けが堪能できるはずだ。

全日本実業団女子駅伝で資生堂が初優勝。

おめでとう。

なんといってもがちんこのアンカー勝負で競り勝った弘山晴美に大きな拍手を贈ります。

38歳の広山が、19歳の三井住友のルーキーに勝った。しかも、区間新で!38歳で区間新。すごい。すごい。おめでとう。

一日にいったい何回、大変だァを口走るのだろう。ハッと気づいて大変だァ。でも5分後には忘れて他のことに気を取られている。ああ、大変だ。でもやはり、書いてしまわないと気になって仕事が進まない。というより、仕事が進まないから大変だァなのにこうやって書いている。

ハウステンボス夜明け隣接する別荘地の夜明け-ホテルの部屋から 
日本は南北にも東西にも長い。長崎の夜明けは遅く、
2日連続で露天風呂から夜が明けていくのを見た。
午前7時過ぎに!

クリックすると大きくなります。

 

60d7c134.JPGハウステンボスでは大変だァはでなかった。当たり前か。「大変だァ」ではなく「大変結構でした」が、ふさわしい。ここで一番驚いたのが、金持ちの多さ。外国では別荘や、自分のクルーザーをもっている人は珍しくない。1ヶ月以上の夏休みを楽しめる国なのだからと別世界のことだと割り切っていたのだが、ハウステンボスに隣接する別荘地にそれぞれ船着き場がついていて、ヨットや帆船が係留されているのを見て、世の中には金持ちが多いのだと感心してしまった。だって、九州の端っこですよ。しかし、長崎空港から1時間だから、考えてみれば東京周辺の過疎地に行くよりもはるかに近いとも言える。

ここは多数のミニ博物館や美術館、レストラン、スパ、ゴルフ場等で構成されている大人の遊び場で、豪華ホテル内のレストランはすべてなかなかのお値段。こんな九州の端っこでこんな値段設定で誰が食べるんだろうと最初いぶかったのだが、周辺のお金持ちがきっと食べに来るんだろうネ。

陶磁器館ミニ博物館や美術館はなかなか面白かった。なにせ広大なものだから、園内を周回するバスやボートを多用したが、それでも何万歩も歩いたに違いない。焼き物やガラスの美術館も良かったが、なにより柿右衛門の展示館が良かった。これは重要文化財だと叫びたくなるほどの、藤の花をあしらった大きな蓋物は、薄手の肌といい、技術力といい、惚れ惚れする一品だった。

結局、イルミネーションが点灯されるまでうろうろしたあげく、食事に入った店で、娘のブーツが脱げなくなるというハプニングがなければさらに数千歩歩かされていたに違いない。ホテルに戻ってゆっくり温泉で可哀想な足をいたわったが、温泉付きで、ああ、正解だった。

旅行の続きを書こうと思ったのに、どうしてもお豆腐のことを先に書きたくなっちゃった。しかも旅行のせいで仕事が押せ押せ押せと押し寄せている。というわけで、一言だけ。

森永乳業の株を昨年春だったか買って、まだ抱えているのだが、動きもなく、おもしろくもなく、戻ったら売りたい筆頭候補だった。

だったというのはついこの間まで、過去形。そう、もう当分、売らない。売るつもりはない。

それもこれも株主優待として先日送られてきた絹ごし豆腐のせいだ。12個入りの大きな箱にまずびっくりし、お豆腐をそんなに食べるわけないし、えっと一瞬のけぞったのだが…しかもアメリカ産。

食べて再びびっくり。大豆の香りが匂い立つ、お醤油も何もかけずにそのまま食べられるおいしいお豆腐だった。10ヶ月持つということでなおさら嬉しい。おいしいのであちこち配ってしまって、ハッと気づいたときにはもう数個しか残っていない。n子、k子、みんなごめん、もうあげられない。来年ね。

これで売れない株がまた増えてしまった(^^;) 豆腐はアメリカに限る。

cc4670da.JPG

突然、無理して出かけるのは、当然娘がらみ。連日終電で帰宅し、午前7時過ぎに会社に出かける会社奴隷のような娘が、休むとしたらこの日しかないと叫んだので、あわててJTBに走り、2泊3日、ハウステンボス2連泊全日空ホテル朝食付きに駆け込んだのだ。

信じられないことに、長崎空港まで何という幸運、ANAの新鋭機(らしい)ジャンボ2階席は水平とはいわないが、かなりの角度で座席が倒せ、精一杯足を延ばしても前の座席に届かないというワイド、ゆったり、高級仕様で、これがファーストクラスの味なのねというものだった。ファックスを備えたパソコン用デスクも別に設けられているという贅沢。幸先は最高。

空港からまっすぐバスと電車で伊万里に向かう。レンタカーは出払っていて、寸暇を見つけて仕事をしたい娘向きの、最大限に2本の足を酷使する旅となった。大河内山

伊万里の「秘窯の里」と呼ばれる大河内山へ向かったのだが、鍋島の素晴らしいこと、伊万里の美しいこと、窯元が多数、密集していて、焼き物好きにはたまらない場所だった。

おかしいのは、互いに敵意をむき出しにして張り合っていること。これができるのはウチだけだと一方でいえば、他方はあそこらは焼きが足りないからあんな色になるといい、別ではウチの方が絶対にいい。本物はウチだとまあ、こんな狭い中で角突き合っていればさぞかし大変だろう。わずか数十メートルしか離れていないというのに、下の方にはここ20年、行ったこともないとまくしたてたおばさんまでいた。

柄は鍋島や伊万里の古典的な同じ柄であっても、窯により、職人により力量がはっきり分かって面白い。良いものは高く、安いものは理由がある。はっきりしている。それにしても、周囲には松の木はすべて伐採されてすでになく、今ではガス釜がほとんどで、どうしても焼きが甘いものが多いとのことだ。なるほどね。

全日空ホテル

日本の故郷という趣の、急な坂を上ったり、下りたり、走って戻ったり、へとへとになった伊万里から、ハウステンボスの駅に到着したら、まばゆいこれはいったい何なのだという何か間違っているとしか思えないイルミネーションに照らされた巨大なホテルに遭遇し、しばし唖然。

しかし、大人の遊園地、偽物ごっこと腹をくくれば、これが面白かった。オランダのマネといっても、園内に入っているホテルは豪華なホテルばかり。温泉付きということで選んだ全日空ホテルも園内のホテルには及ばないが、ゆったりとした作りで、非常に気持ちが良かった。トイレと浴室が別室というのは嬉しい。浴衣ではなく作務衣が用意されているのもプラス1点。

[追記]そうそう、伊万里では私の財布と同じくらい薄〜い伊万里牛のタタキを食べたが、しっとりとおいしかった。ご推薦。

強風旅行から帰ったばかりだというのに、またしても出かけます。大丈夫かいな。ねえ。

 

これをお見せしたかった。蛇口からの水、すごいでしょ?クリックすると大きくなります。

9cfdf36f.JPG

北陸本線はまたもや37分遅れで越後湯沢に到着した。昨日は朝方大混乱だったというし、大雨・雪の最中に動いていることになる。それともこれが常態?

三度目の正直という言葉もあるし、この大雨の中、いくらなんでも幸運が続くはずはないと、富山駅を出るときに折り畳み傘を買った。ということは雨に遭うはずだ。雨の用意をするとちゃんと降られる。誰がどこで見ているのかしらないけど…

越後湯沢の山は薄化粧。金沢では古九谷という表示がかなりでていたが、越後湯沢ではどうだろう。骨董ほど値段の定まらないものはないし、日常使うものを探すので、がらくたの種類を探すのが私のやり方。というか、私の財布が許すやり方。

駅近くの小さな骨董屋に入る。田中角栄の木彫が目に付き、田中真紀子と一緒に写った写真が掲げてある。さすが地元だ。新潟には米の買い付けに北前船が往来していたので有田が多いのだという。古九谷は影も形もなかった。

水栓そこのおじいさんと話し込んで外にでると、いつの間にか激しい雪が降っていた。道の真ん中に無数の小さな噴水がぴったり並んで水を噴き上げている。来るとき渡った道路を渡るのに躊躇するほど。噴水のせいで坂道を水が大量に流れている。

越後湯沢の駅構内にはぽんしゅ館という利き酒のコーナーや酒風呂などがあり、もちろん、これが狙い。で、たっぷり時間を取ってある。

利き酒は500円でメタル5個。メタル1個の新酒を2種類と、3個の高級酒1杯を呑みながら、コーナーのお兄さんとうんちく合戦。で、お兄さんが喜んでくれてとっておきだという熟成13年ものという日本酒をご馳走になり、さて食事と思ったら、魚沼産コシヒカリと越の寒梅を出すという食事どころはまだ5時を少しまわったところだったのに閉まっていた。そういえば、昨日の寿司屋も6時過ぎは満員だったのが7時を過ぎるとがらがらになっていたナ。寒くて暗い雨国は夜が早いのだ。

そして、長いトンネルを抜けるとそこは夜空が赤みがかった灰色の晴れ国だった。

e566cd4a.JPG

新潟新幹線の中の電光掲示板に天気予報が流れていた。見事に雪・晴れ・雪・晴れ・雪・晴れ、新潟くらいから雨・晴れ・雨・晴れと続いていく。裏日本、表日本の順なのだ。

予想はしている。頭では分かっている。しかし、裏日本に住むというのは実に大変なことだと、今回つくづく同情した。半年近くも曇りや雨の日が毎日のように続くなんて、わたしにはとても耐えられない。電車の窓から目を皿のようにして眺めていても、道を歩く人の姿は見えない。荒れた日本海と、冷たい雨が降り続く山並みばかり。

2日目は世界遺産の合掌造りの集落をいくつか見て回った。今日も1日、強風と乾し栗雨なのだが、フフフ、もちろん、強力晴れ女だから、見物している間は傘なしで。日本の北陸あたりが世界で一番家の中が寒いという説をどこかで読んだことがあるが、そうだろうなあ。藁屋根は暖かいとはいえ、隙間だらけの合掌造りは冷え冷えと鉛色の空の下かじかんでいた。合掌造り

雨晴(あはらしと読むのです。どうです、じーんと気持ちが伝わってきませんか)温泉にまわったが、残念、満室でその近くのラジウム温泉に。オープンしたばかりとかできれいだった。雨晴海岸からは海の上に立山連峰が、晴れていれば見えるらしい。今度は夏来ようっと。安くておいしいお寿司屋さんも紹介して貰い満足。アワビ、トロ、甘エビ、いくら、ヒラメ他満載の握りがなんと2100円。おいしかった〜。

d2c73c88.JPG

37分遅れで特急は金沢に到着した。雨規制のためだという。東京は晴天だったので傘の用意はない。

私は自他共に認める強力晴れ女。その名にかけても大丈夫と言いつつ駅前に出てみたら、東京ではあまり見かけない激しい本降りに一瞬戻ろうかと弱気が頭をもたげる。駅構内の観光センターに飛び込んだら傘を貸してくれた。

さすが雪国。バスターミナルは屋根が覆っていて濡れずに乗れた。バスの中で知り合ったおばさんの毎日雨だけんど、こんなにひどいのはそうはないという声を背に公園下で降りて水を蹴立てて歩き始めた。

兼六園兼六園に人気がない。こんな土砂降りに庭を見る人はいないよねと入り口のおじさんに話しかけるが、そっけなく、空振り。歩き出したら、数十秒後、雨がぴたりと止んだ。ふふふふ。私の威力を思い知ったか。と神をも恐れぬ傲慢さでつぶやいたが、もちろん、威力などではなく、好き勝手に雨が再び降り出すのは分かっている。

全速力で庭を右往左往し、重要文化財の成巽閣に上がり込んで寒いのでぶるぶるしながら小振りな美しい庭を愛で、しかし、お茶碗の類の展示がないのでちょっとがっかり。女らしい欄間に天井にはシャンデリア!障子の隙間から差し込む日の光が美しい。

昔、金沢でとびきりおいしいお寿司を食べた記憶があるので、お寿司屋を探して紅葉うろうろするが、なんということ、なにもない。古美術・骨董散策マップを貰ったのに、古い骨董屋らしいたたずまいの店は見つからない。結局、飲まず食わずで約4時間、まるで歩け歩け大会に参加したように、頭から蒸気を立てて金沢を退散した。

そして、最初の数分間雨が降っただけで、終日雨の予報の中、濡れずに歩けたのは、やはり私が強力晴れ女だからではないかしら。

このページのトップヘ